テレビを見ていて泣いてしまう時ありますよね。
かわいそうだと共感して泣いたり、感動して泣いたり。

先日、ふと自分の泣きポイントに気がつきました。
どうやら、いつもぐっと涙がこみ上げて感動してしまうのは
人が物凄く頑張って、欲してる事を手に入れたり達成したり心が通じたりした時の
心の底から喜んでる様子を見た時のようです。
努力をやりきって、報われた!!!という瞬間の人の心の充足感。
その様子を見た時に、そこまでの強い気持ちを維持したその人への尊敬の念と
よかったね〜〜〜〜〜(><)と思う嬉しさとがこみ上げてくるようです。
人間の尊さを見せてもらった感じがするからでしょうか。

テレビなどで見てる話は、特集されるようなくらいですから、そんじょそこらに転がっているような話ではないし、そんなすごい人達と自分とは規模が全く違うかもしれません。
でも、
『望む→努力する→→→報われる』
をする中で、心の成長(忍耐力や、挫折を乗り越えるために自分の心と対面して熟考したり)をして
何かしらの結果による充足感や達成感を覚えて、心から喜ぶこと。。。
規模やレベルの大小ではなく、それぞれ個人の人生においてそういう経験が人間の魂を磨くことになるのかな〜?!なんて思ったり。

こう↑書いてしまうと、薄っぺらい、当たり前のことのようですが(^^;)

最近の持論なのですが、人間みんなに必要なのは、この「魂の充足感」だと思ってるんです。
地球上の全員が全員、これができてれば争いは起こらないと思うんです。
でも実際にはありえない、、まず「望む」ということも許されないような立場にされてる人たちもいるでしょう。
なので、当たり前の事のようでいて当たり前ではないんですよね。。

もし自分が今、何か望みを持てて、不可能そうに見えても挑戦したりできる環境にあるならば
その時点でめっちゃ感謝するべき事なのかもしれません。

自分が置かれてる環境は、自分の選択してきたことの上にあることかもしれないけれど
自分の力だけではないですからね。。

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あと、魂の充足感=機嫌が良い状態 だと思ってます。
人間、機嫌が良いことが一番です。みんなが思い思いに機嫌が良いと世の中これまた平和になるかと。

だけど人間どうしても、人と自分を比べてしまいます。
同じ状況(学校生活、職業など)の中では、常々比べることになるでしょうし
実際、順位はあると思います。そして、その価値観も必要なこともあるでしょう。
が、それがどうした。と思ってもいいと思います(笑)
自分の人生は自分だけが味わえるものだし、いかに機嫌よく生きれるかだと思うのです。
実際には、世間や親などの価値観も大事だと思います。社会動物ですから。
でも自分が自分へ下す評価は、自分基準を守るのが良いと思う。その上で努力を重ねて自分だけの成長曲線を描いていったら良いと思う。
そして、またその自分基準がめっちゃ厳しい人もいると思うけど(人への評価が厳しい人ほどブーメランで自分に刺さるので)
その場合は、自分を評価するなどということをしないことが、一番メンタルを保護できて機嫌よく生きれると思う。

とっても極論ですけれど、今のテーマは「機嫌よく生きること」です(笑)自分も周りのみんなも。
自分だけが機嫌よくってもこれまた上手くはいかないので、ほかの人もみんな機嫌よく行けたらいいな!好きなことできたり嬉しいことがあったりして、充足感を得てたらいいな!と思うことも大切かなって思ってます。

ピアノ教えるにあたっての、自分のテーマも同じです。
それぞれの人が、それぞれの嬉しさ、充実感、達成感を感じれるようにお手伝いして
人生の中で機嫌を保てるものの一つがピアノの演奏だったらいいな〜と思ってます。
ピアノを演奏することで、魂がかなり充実して救済されることを自分は実感してるので(^^)
もちろん、演奏することにここまでで良しということは無いですから、永遠にゴールはないですけどね。。
壁を感じては苦しんで、努力して、また乗り越えたと思って喜んだと思ったら、また次の壁が。。(笑)

でも、考えてみたら、最初に書いた「望む→努力→報われる」を永遠に続けられるってことですから。


2018.06.20 Wed l 未分類 l top