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京都市左京区のピアノ教室 Claire sonorité

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2035.11.21 Wed l 未分類 l top
「ぶらあぼ」掲載のヤブウォンスキ先生のインタビュー記事です。とっても考えさせられる記事で、とっても正直に話してくださっていて、今回(だけではないかも)のコンクールの裏で審査員の先生方がどんな感じだったのか(どういう人を良いと思うか、ショパンの演奏とは何か、などの考え方の違いのことなど)言ってられて、やっぱりなぁと思ったり。
ぜひ読んで見てください(^^)
  こちら↓
インタビュー記事

コンクール見るたびに感じる思いがあるんですけど、今回はそれを思うのがしんどいなと思って、距離をとって観てたし、あまり感想を持とうとしなかったんですけど、、目をつぶって、今の時代の今回の求められてたものはきっとこうなんだろう。。と観てたんですけど、それゆえにはっきりとそれを口にされてるので、ハッとしてしまいました。
記事の中の先生の言葉で、ああ、、と思ったのは
   ↓
コンクール全体を通して私が感じたのは、悲しいということです。聴衆がどんな反応をしようが、人々がブリリアントな個性を好こうが、何かが失われている、というのが現実だと思います。
 私はこの後の5年、10年でコンクールがどうなっていくのか、見当もつきません。よりいっそう混乱してしまうかもしれない。喝采を求めるあまり、大事なものを見失っているとしか思えません。

本当に、、お客さんを、わ〜っと沸かせてなんぼ。。。みたいな感じがあって、お客さんだけだったらいいけど、お客さんの反応を審査の一つにしてそうで、、なんかモヤモヤしてたので。それを踏まえて選曲するとか、、どうなんかなーとか。

きっと、それも一つの楽しみ方ですけどね。。でもショパンの音楽とは相容れない感じしますもんね。

優勝のリウさんは、本当のところブリリアントな個性ってのに当てはまってると思います(^^;)
でも、なんだか爽やかな上品なブリリアントで、ショパンの許容範囲では?!と思える不思議な魅力ですよね。


2021.12.04 Sat l 未分類 l top
なんと、新年を迎えてはや15日も過ぎてしまいました。

あらためまして、明けましておめでとうございます。

なんだかコロナ禍が収まるどころではなくなって、年末年始もうやむやな感じになりましたね。

コロナに関しては、収束や根絶というのを短期目標にすることがまず無理があると思うので、常に気をつけながら生きて行くことになるだろうなと思ってます。数年は。。

とにかく、飛沫を飛ばさないようにして、お互いにきをつける。手を洗ったり消毒する。

それを守っていれば、料理やさんに一人の人が行って、一人で食事とって一人で帰って来るとかなら、いくら20時以降だろうが、深夜2時だろうがうつりようが無いですし
いくら朝の10時や12時のランチタイムだとしても、数人で会食すれば中に陽性者がいたらうつるでしょうし。それこそ、昼飲みは??という感じ。

私はというと、ほとんど家にいて、会食もしてないし、本当にうつりようが無いです。。
ただ、生徒さんは来てますが、生徒さんにもマスクと消毒はお願いしていて、鍵盤は毎回キークリンで拭いてますけど、リスクがあるとすればレッスンでしょうかね。
あとは、家族の誰かが濃厚接触者になったら、たとえ家の中にいても、うつるかもですね。

結局は、やることをやって、やってはいけなそうなことをやらない、しか個人的にはやりようがありませんね。

とコロナの話は、もう耳タコでしょうし、この辺でやめておきましょう(^^:)

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今年は、みなさんのピアノ計画はどんな感じですか?

私は今年はまだステージで弾くようなことを考えられないので(コンサート計画しにくいですし)
悩むところなんですが、、友人と2台ピアノでラフマニノフの2台のピアノ組曲からタランテラ弾きたいねと言って流ので、いつか弾くためにもその練習をしようかなと思っています。
あとは、ベートーベンのソナタをとにかく一つやること、だけは決めていて
小品はどうしようかな〜と悩み中です。

曲作るのを趣味で去年からやり始めたので、今年も続行しようかなと思ってます。
下手の横好きで、曲作るときにイメージしたものを絵に描いたりも始めたので
個人的な楽しみは増えたかな〜っと思ってます。

現6年生の生徒さんたち、今のところ中学校に行ってもピアノ続けたい!と言ってくれてるので、ピアノが好きになってくれてよかったなとしみじみしています。

生活環境が変わると、いろいろ続けるのは難しくなって来ますね。。
実は新4年生の生徒ちゃんも、塾の曜日が変わったりもあり(受験塾は週に何回もあるし)
ピアノに来る時間が限られて難しくなって来た子がいて(他にもたくさん習い事をしていて、やりたいことがたくさんある!)
かと行って、ピアノもせっかく自分で譜読みができて弾けるようになって来たところだし、ピアノもやめたく無い(特に発表会は楽しみの一つだし)とのことで、ご相談に乗って、月2回でこれる日を月ごとに予約して来ることにしました。
それでも、長く細く続けるのと、ピタッとやめてしまうのでは全然違いますしね。

色々なパターンの子がいますけど、とにかく私の願いは、ピアノ弾けることが人生の彩りになって心の支えや励ましになったらいいなとの思いなので。できる限り、ご希望を聞いて寄り添いたいなと思ってます。







2021.01.16 Sat l 未分類 l top
みなさんお元気ですか。

京都市、小学校は17日まで休校が決まりましたね。

家の娘の中学校は5月30日までのようです。やっとリモート授業が始まるようです。。
4月丸々、課題プリントだけ出されただけ(一応限定youtubeで見れる授業のようなものもあったようですが。)
そうそう素早く対応なんてできないでしょうけどね(><)でも、ズーム入れてそれぞれの教科の先生が授業をするとか、やろうとしたら、すぐにでももうちょっとできそうな気がするんですけどね。スマホ一つでできるんじゃ(><)
公立なら勝手なことできないでしょうけど。
プリントだって、プリンターで印刷すれば。
環境が色々だから、難しいでしょうけどね。
とにかく5月からは、リモートに切り替えるようなので、そうなったら通常通りの時間割でやってもらいたいです。

私の生活は、自粛と言っても普段とさほどは変わらないのかもしれません。もともと家の中で仕事してますので(^^;)

知り合いのピアノの先生方(特に大阪や神戸など、京都より早く自粛だったところの)リモートレッスンを手探りながらされていて、一定の効果があるようで、、私も生徒さんが望むならそうしてみようかな??と色々とリサーチして見ましたが、うちにくる生徒さんたちは嫌なようでした(笑)
でも、この先、本当に人類が直接会えないようなのが普通になったら、、とか考えちゃいますね。

リモートレッスンに関しては、取り組み方によって効果がある人と、無理な人、がきっとありますね。
個人的には、まず教えたいと思ってることが、体や指の使い方と音の良し悪しという微妙な部分なので、そこを伝えるって難しいな〜って思います。聞こえてくる音が実際とは違うというのもありますし、それを元に言うことになりますし。
それでも、明らかなくらいのことなら(見るからに手首が下がってるからとか)言えるかもしれないけど、手を持ってこちらからこの角度で、これくらいの力で、、、とか伝えるのは無理です。
あと、タッチの前に、楽譜を読み始めたばかりの初心者の方など、一緒に毎回譜読みをしてあげてる人とかもちょっと難しいかもです。
ある程度弾ける人で、いつも手の使い方と音を一緒に実際にレッスンでやっている人なら、何か問題があった場合にその場合はこうやってみると良いと言った時に、共通認識で試せる人なら可能かな〜とも思います。
常には練習をできなくて、とりあえずうちへレッスンへ来て弾いて、喋って、、とレッスンへ来ることに重きを置いてる方も、リモートだとあまり意味がないと思われるかも。

今年の発表会もできるのか、、も不安です。
先のことが見えないと不安ですね。

先のことが見えないときは、今をコツコツと生きるしかないですね。
今すぐの本番の予定が全くない(秋、冬には、大丈夫ならできるかもですが)ので
チマチマと、再度自分の指の癖を確かめながら、それこそ動画撮ったりしてチェックしつつ練習したり
バッハの平均律をじっくり丁寧に各声部の練習したり暗譜したり、、ベートーベンソナタを練習したり暗譜したり。。。と地道に目の前を見て過ごしてます。
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そんな最近ですが、以前転勤して行っちゃった女の子からのお手紙が届いて、とてもほっこりしました。
元気にピアノも頑張っているそうで、難しい曲にも挑戦されてるようで(^^)
定期的にお手紙くださるので、だんだん字や文章が上手になっていく様子も見せていただけて、嬉しいな〜と心から思います。私のことを忘れずにいてくれて、本当に幸せです。
そして、今は世の中自粛でお友達に会えないとはいえネットですぐに繋がっていたりしますけど、こうやってお手紙っていうのは実際に会ったくらいの喜びが直にあるんだなって思えました。今だからこそ、気づくことですね。








2020.04.29 Wed l 未分類 l top
コロナ関連の情報(デマも含め)に右往左往するここ最近ですね。
まだわからないことも多く、日々新情報が出てきて、、ちょっと前に言われてたことが違ったり。

こんな状態でも、リーダーは何か決断して進まないといけなく、それはとても大変なことだろうと思います。
そして、決断した後色々と付随して問題が起こった時に何かしら対処して行かれるのだと思います。
その、色々と起こってること、が何かを知ることはきっとリーダは知る必要あるし、知りたいですよね。
ですので、今回自粛要請(要請ってのが、、まぁ微妙なことを生んだようなきもするけど)で、色々な業種の方々が廃業の危機に面したりしていて、
それがどういう業種がどういうようなことで危機に面しているのか、ってのをそれぞれが政府に訴えることは必要なことだと思います。
でも、その訴え自体に文句を言う人が出てきたりするようで。びっくりします。

例えば、クラシック業界や俳優業界の方々の訴えに対して、批判してる人がいるようです。
フリーランスを選んだお前らが悪い、とか、普段好きなことをしているのに、とか。
でも税金、、みんな払ってられますしね。
そして、自分らだけを助けてくれ、と言ってるのではなくて、この業種はこうなってるんだよって声をあげてるだけ。
それを批判するのは、筋が違うな〜と思う。
どの業種であっても言うべきだと思いますよ。
それを知った時に思うことは、この人もこの人も困っている、みんな頑張ろう!で良いのでは。

エンターテイメントや芸術を軽く見てる気持ちがそう思わせてしまうのか。。
生命に直接関係がない、と言う人もいて、それも一理あるなって思ってしまうこともあります。
平和な時にしか必要とされない、、とか。
でも、本当かな?!と思う。
ドイツの文化大臣がアーティスト支援の声明を発表されたと何かの記事で読みました。
今は仕方がない時だけど、芸術や文化は良い時のみに与えられるものではないから、小さな文化機関やアーチストを見捨てない、と。
素晴らしい才能が咲きかけの人が廃業するかもしれない、、今回のことで。それは社会の損失になるということかと。
国によっての、芸術へ対しての理解の違いかもしれないですね。

俳優さんや、音楽家が廃業する事は、社会に痛手があると思います。
一人の人が芸術家になる、そのためにどれだけの時間と人生とをかけて積み上げないとできないのか。
しかも、技術を手に入れたとしても、それだけで大成できるわけではない。
一朝一夕でなし得ない、普通の人では到達でき得ないことをやり遂げてくれてるからこそ
聴衆は、それによって生きる楽しみや希望をもらってます。
だけど、それが断たれてしまう可能性がある。

芸術とは、、と自分が考えた時に、これだなと思う答えの一つは、夏目漱石の「草枕」の冒頭なんです。

「山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは、神でもなければ鬼でもない。矢張り向こう三軒両隣にちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。
住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、有難い世界をまの当たりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である。」

後、個人的に感じるのは、社会的生産性が無いものは人間社会に必要ない、とか言ってお年寄りを助ける事に疑問を持つ人、障害を負った人を切り捨てる感覚、それに近しいものがあるように感じて。
何を持って、人間社会というのか、お金のやりとりだけが社会なのか(それがなかったら生きてもいけないのですが)
感動や希望、人を大切に思う心、というものは何より生きる上で必要な事で、←こう書くと綺麗事のようでありますが、綺麗事ではなく今実感してますし、実際にそうだと思います。

そういえば、先日ピアニストのシフがコンサートへ来れない人のために、Youtubeでライブ中継をしてくださったのですが
その演奏を聴いて、お話を聞いてたら、この不安な毎日で疑心暗鬼な心に希望の光がさ〜っと差し込んできたんです。
もしよろしければ、こちら見てください(^^)
ベートーベンの不屈の精神、今こそ人間に必要なんだわ〜とか思ったり。




話は少し変わりますが、音楽は勉強にはいらないって思う人もいたりしますね。
古代ギリシャの学問でも、数学、幾何学、天文学、と並んで音楽を教養として学んでいましたが
(参考までに→)ピティナのページにそれに関する記事が
ただ楽しむと言うよりは、人間の精神の調和のための考えや意識を知るためのものであったんですよね。
人間にとって、音楽は大事な事だと思います。

と、久々に色々と思う事を書いてみました。
人間は、自分の立ち位置から見える事、感じること、それにより考えること、、がまずありきなので、自分のこの日記もそうなってしまってると思います。
ただ、それぞれが思うこと、それを発信すること、それを受けてそんな考えもあるのかと心の中でシェアすること、それで良いのかなと思います。
かと言って、ツイッターとかの140文字では、言葉尻を捉えてわけのわからない批判の応酬につぐ応酬で何がなんだかわからなくなって、疲れてしまいますね。難しい世の中です。今に始まった事ではないのかもしれませんけど、、普遍的な人間社会のことなのかもしれませんね。

何れにしても、ずっとこのままじゃないと思うので、人間の乗り越える力を信じて頑張っていきたいですね!
2020.03.18 Wed l 未分類 l top